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レイはいつだって自分の気持ちに素直に生きる ~愛する人は一人だけって誰が決めたの?~
レイはいつだって自分の気持ちに素直に生きる ~愛する人は一人だけって誰が決めたの?~
Author: 佐薙真琴

第一章:日曜日の朝

Author: 佐薙真琴
last update Last Updated: 2025-12-16 06:26:24

 亜蘭レイが目を覚ましたのは、日曜日の朝十時だった。

 東京の夏の陽射しが、薄いカーテン越しに部屋を満たしている。六畳一間のワンルームマンション。家賃は七万円。決して広くはないが、レイにとってこの空間は完璧だった。なぜなら、ここには誰も縛るものがないから。

 寝起きのまま、レイはスマートフォンを手に取った。画面には五つの通知。

「おはよう。今日は仕事だけど、君の顔を思い出すだけで頑張れる」

 最初のメッセージは、隼人からだった。三十二歳の会社員。広告代理店で働く彼は、いつも朝早くから夜遅くまで仕事に追われている。

「昨日のパスタ、本当に美味しかった。また作ってね」

 二つ目は、蒼太から。二十五歳の美容師。繊細な指先で髪を整える彼は、レイの料理を誰よりも喜んでくれる。

「レイさん、来週の勉強会の資料、見てもらえますか?」

 三つ目は、理央。二十九歳の高校教師。生徒たちに慕われる真面目な彼は、レイに対してだけは少し甘えた声を出す。

「新しい曲ができた。聴いてほしい」

 四つ目は、奏多。二十六歳のフリーランスの音楽プロデューサー。いつも何かに追われているような焦燥感を抱えている彼は、レイの前でだけ穏やかな表情を見せる。

「レイ、おはよ。今日も君は最高に美しいと思う」

 五つ目は、悠馬から。二十二歳の大学生。レイより六歳も年下の彼は、無邪気な笑顔の裏に、家族からの期待という重荷を背負っている。

 レイは一つ一つのメッセージに、丁寧に返信した。

 彼女は嘘をつかない。五人全員に、同じように愛していると伝える。なぜなら、それが真実だから。

 シャワーを浴びて、簡単に化粧を済ませる。鏡に映る自分の顔を見つめながら、レイは小さく微笑んだ。

 二十八歳。世間から見れば、そろそろ結婚を考える年齢だ。実際、大学時代の友人たちは次々と結婚し、子供を産み、SNSには幸せそうな家族写真が並ぶ。

 でも、レイにはそれが窮屈に見える。

 いや、正確に言えば、かつてレイもそれを求めていた。二十四歳の時、当時付き合っていた恋人と婚約までした。結婚式場も予約し、ウェディングドレスも選んだ。

 そして、すべてが崩れた。

 婚約者は言った。「君はもっと普通になれないのか」と。

 普通。

 その言葉が、レイの中で何かを壊した。

 それ以来、レイは「普通」を求めることをやめた。自分が愛したいように愛する。自分が生きたいように生きる。誰かの期待に応えるためではなく、自分の心に正直に。

 もちろん、簡単な道ではなかった。

 家族からは勘当され、友人たちからは距離を置かれた。職場でも、彼女の生き方は理解されなかった。何度も転職を繰り返し、今はフリーランスのグラフィックデザイナーとして細々と生計を立てている。

 それでも、レイは後悔していない。

 部屋を出て、近所のカフェに向かう。日曜日の朝の街は、穏やかな空気に包まれている。

「おはよう、レイちゃん」

 カフェのオーナー、六十代の女性・千鶴が笑顔で迎えてくれた。

「おはようございます、千鶴さん」

「今日もいい天気ね。ブレンドでいい?」

「はい、お願いします」

 カウンター席に座り、レイはノートパソコンを開いた。今日は新しいクライアントのロゴデザインを仕上げなければならない。

 コーヒーの香りが鼻をくすぐる。千鶴が淹れるコーヒーは、いつも完璧な温度で、完璧な味だ。

「レイちゃん、最近どう?」

 千鶴が優しく尋ねた。

「相変わらずです」

「そう。あなたはいつも楽しそうね」

「楽しいですよ。毎日が」

「それは何よりだわ」

 千鶴は、レイの生き方を知っている数少ない人間の一人だ。そして、彼女は一度も批判しなかった。ただ、「あなたらしく生きなさい」と言ってくれた。

 レイがデザイン作業に没頭していると、スマートフォンが振動した。

 隼人からだ。

「今日の夜、会えないかな。どうしても君に会いたい」

 レイは少し考えて、返信した。

「今日は悠馬と約束してるの。明日の夜ならどう?」

 すぐに返信が来た。

「わかった。明日を楽しみにしてる」

 レイは、五人の恋人たちに対して、常に正直だ。誰かと会う時は、他の誰とも会わない。その時間は、完全にその人だけのものだ。

 午後三時、悠馬が約束の場所に現れた。

 代々木公園。夏の陽射しの下、木陰のベンチに二人は座った。

「レイ、久しぶり」

 悠馬の笑顔は、いつも少年のようだ。

「一週間ぶりね」

「一週間が長く感じたよ」

 二人は並んで歩き出した。公園には、家族連れやカップルが散歩を楽しんでいる。

「最近、どう? 大学は?」

「相変わらず忙しいよ。ゼミの発表があって、それの準備で」

「頑張ってるのね」

「うん。でも、時々わからなくなるんだ」

「何が?」

「何のために頑張ってるのか」

 悠馬の表情が少し曇った。

「親は、大手企業に就職しろって言うんだ。安定した仕事に就いて、早く結婚して、孫の顔を見せてくれって」

「あなたはどうしたいの?」

「わからない。でも、親の期待に応えるために生きるのは、なんか違う気がする」

 レイは悠馬の手を握った。

「あなたの人生は、あなたのものよ」

「レイといると、それを思い出せる」

「思い出すんじゃなくて、忘れないでいてほしい」

 二人はアイスクリームを買って、芝生に座った。

 溶けかけたアイスクリームの冷たさと甘さが、夏の暑さを和らげる。

「レイは、どうしてそんなに自由なの?」

 悠馬が尋ねた。

「自由じゃないわよ。私だって、たくさん我慢してる」

「でも、自分らしく生きてるじゃない」

「それは、そうすることを選んだから」

「選んだ?」

「そう。誰かの期待に応えて生きるか、自分の心に正直に生きるか。私は後者を選んだだけ」

「簡単じゃないよね」

「簡単じゃない。でも、後悔はしてない」

 悠馬は、レイの横顔をじっと見つめた。

「レイ、俺、君のこと本当に好きだよ」

「私も」

「でも、俺だけじゃないんだよね」

「そうね」

「それで、いいのかな」

「いいかどうかは、あなたが決めることよ」

「俺は、レイが幸せならいいと思ってる」

「ありがとう」

 夕暮れ時、公園を出る頃には、空が茜色に染まっていた。

「また来週」

 悠馬が手を振る。

「また来週」

 レイも手を振り返した。

 帰り道、レイは自分の生き方について考えた。

 五人の恋人。世間から見れば、異常だろう。節操がない、淫らだ、そう言われても仕方がない。

 でも、レイは一人一人を、心から愛している。

 それは独占欲からではない。所有欲からでもない。ただ、その人の存在そのものが愛おしいという、純粋な感情だ。

 なぜ、愛する人を一人に限定しなければならないのか。

 なぜ、愛は独占でなければならないのか。

 レイには、その答えがわからない。

 ワンルームマンションに戻り、シャワーを浴びて、ベッドに横になる。

 スマートフォンを開くと、五人からのメッセージが待っていた。

 一つ一つに返信しながら、レイは思う。

 この生き方は、いつまで続くのだろうか。

 いつか、すべてが崩れる日が来るのだろうか。

 でも、今この瞬間、レイは幸せだった。

 そして、それだけで十分だと思った。

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